伝えたいこと

人生は平面を歩くもの。過程を大切に過ごしたい。

アドラー心理学の謎

 

私は時々アドラーの言葉が出てきますが、決してアドラー心理学に興味を持っている人間ではありません。

アドラーの言葉はとても分かりやすい表現なので使わせてもらっているだけです。

しかし、世の中ではアドラー心理学が流行っているようですし、言葉を借りるなら一度は読んでみようと本を買いましたが、これが詐欺のようなもので凹みました。

本の内容で、ある説明した最後に

「これをアドラーは〇〇である、〇〇と言っています」的に一行ほどアドラーの言葉が使われているだけ。

これって、アドラーの言葉じゃなくて、あなたの言葉では!?と著者にムカつきました。

どう見ても、誰が見ても、アドラー心理学の本だって思うほど「アドラー心理学」ってバカでかく表紙を飾っているんですよね。

 

どんな人が書いているのか、著者の紹介を見てみると、結構な学歴と社会的地位はあるが、精神科医でも心理学の専門家ではない。アドラーは1937年に亡くなっている人である。いくらアドラー心理学とは言え、当時のままでは不完全なものである。それを後々に受け継がれ今のアドラー心理学となっているであろうことは理解できるが、アドラーをくっ付けているから売れているような本には、詐欺にあった気分になり凹むのである。

アドラーの名を語らずに自分の名を語れ!

ここまで愚痴ると流石に如何なものかと思いまして、アドラー心理学を調べてみたのですが、日本アドラー心理学会のようなものがあり、そこで開催されるセミナーを受講し、試験に合格すると、アドラー心理学を語れる人になるようである。

ということであれば、上記に挙げた人は間違ってはいないことになる!

そこは、訂正しておこう。

しかし、何かしらの違和感を感じぜずにはいられない。

宗教の言葉や教えも、深く理解すると「倫理」そのもので、それは人としての道について教えてくれている正しさがある。

しかし、ついてくるのが「〇〇と神様がおっしゃっている」である。

「神は〇〇だとおっしゃっている」といつも神様がついてくるから宗教臭くなる。

それだけ素晴らしいことを理解しているなら、神様抜きで自分の言葉として話せないのか、といつも宗教家に対し疑問に思うのだが。

自分の説明の後に「〇〇であるとアドラーは言っている」と付くこの言葉が違和感に繋がってしまうのです。

これだけ文句を言っておきながら、自分の意見を言うのもおこがましいにもほどがあるってことは、承知していますし「じゃあお前は何様なんだよ!」と突っ込まれても仕方ありません。まだ「神様は〇〇だとおっしゃっています」をくっつけた方が説得力がある。

しかし、ここは個人のブログなので、勝手に思うことを書きたいと思います

 

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人生は平面を歩くもの

私は、人生は平面を歩くことだと思っています。平面をコツコツを歩くその先に、自分の結果や未来があるのだと捉えています。希望や夢も平面を歩く先にあるのだと思います。しかし、進んだ先には望みどおりの結果がないかもしれません。それでも、また平面を歩いていく、それが人生だと思っています。

今の現状がどんなに苦しくても辛くても、平面を歩き続けるしか前には進めないと思うのです。

逆に楽しいこと幸せなことも、同じように平面を歩く中にあると思います。

大きく例えると、子供時代に始まり、学生時代、就職、仕事、離職、結婚、離婚、死別、病気など、全てが人生という平面に存在していると捉えています。

そこには上下する感情がありますが、やはり平面上にあるのです。

 

離婚後に言われた言葉があります。

「どん底に落ちたなら、後は上がるだけ」と。すごく嫌な言葉でした。

離婚が「どん底」なのでしょうか?そしてどこへ上がれと言うのでしょうか?

この人は何を基準にしているのか知りませんが、私の離婚も平面を歩く中でおこった出来事なのです。状況は変わりましたが、今までと同じように平面を歩いて行くだけです。そして、歩く中にはまた新たな喜びや悲しみなどがあり、新たな出来事がある、人生とはそんな平面。

地に足をつけて なんて言葉がありますが、この言葉は地道に努力せよって意味合いだと思うとそんなに根性つかって努力を重ねる日々もどうかと思いますが・・・

 

他には「今を大切に」とか「この瞬間を大切に」とか

人によっては「今、今を大切に」と言う人もいます。「初めの一歩を踏み出せ」「この瞬間から始まっている」

これらの言葉の先って私は平面を指しているように思うのですが、どこか上の方なのでしょうか。

人生を振り返ると、良いことも悪いことも同じ平面に存在しています。それは一冊の本で例えるなら、いろんな「章」から出来ています。私の場合は子供の頃が第1章。次が10代後半で第二章。結婚してからが第3章、と言うように構成されていますが、この「章」は人によって別々の人生ですから違うものとなるのでしょう。

今は何章まで来たのでしょうか。離婚して新しい章が始まりました。

小さい息子はひきこもっていますが、息子の与えてくれるものには幸せがいっぱいです。悩みや迷い、不安などもたくさんあります。同じように新たな喜びや幸せも同じように多いものです。上下ではなく、平面を歩いて来た中にあるものだと思えると良い時も悪い時もどんな時も頑張ってきた自分を褒めれます。

それが自分を支える自信にもなるのです。

とても辛いとき、平面を一歩一歩と歩くしかないと言い聞かせます。今までも平面を歩いてきているのですから、それを振り返れば自然と私ならきっと大丈夫と自信に思えるものです。

結果ではなく、過程が大切

人生も同じように「過程」が大切だと思います。

 

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